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高知地方裁判所 平成11年(行ウ)5号 判決 2000年12月26日

原告

右訴訟代理人弁護士

小松英雄

右訴訟復代理人弁護士

森裕之

被告

高知税務署長 田中廣海

右指定代理人

鈴木博

福家郁夫

平山昌範

白石国夫

東田雅彦

西原祐輔

佐藤典明

白石豪

田中稔

海野眞次

中野明子

山本光則

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が平成一〇年四月二四日付けでした原告の平成八年分所得税の更正処分のうち課税される分離長期譲渡所得金額五六〇万円、納付すべき税額五一万円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、平成九年三月一七日、被告に対し、別表の「確定申告」欄記載のとおり、平成八年分の所得税の確定申告をしたが、被告は、平成一〇年四月二四日付けで、原告に対し、別表の更正処分欄記載のとおり、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、両処分を一括して「本件更正処分等」という。)をした。

2  しかしながら、被告がした本件更正処分等は、次の理由により違法である。

(一) 原告の母乙は、平成八年三月六日、医療法人Aに対し、自己の所有する高知市愛宕町所在の宅地一六〇・二五平方メートル(以下「本件土地」という。)を代金四〇三〇万円で譲渡する旨の契約を締結した(以下「本件譲渡」という。)その後、乙は、同月二四日に死亡し、同人の相続人である原告が、本件土地上の建物(以下「本件建物」という。)を解体撤去し、同土地を更地にした上で、同年四月二六日、Aに引き渡した。

(二) 乙は、死亡するまでの間、本件建物を居住の用に供していた。

(三) 乙の死亡により、原告が本件土地の譲渡所得を相続し、これに伴い、原告は、租税特別措置法(平成一〇年法律二三号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三五条一項(居住用財産の譲渡所得の特別控除)及び三一条の三第一項(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例。以下、両特例を一括して「本件特例」ということがある。)の適用を受けうる地位を承継した。

(四) したがって、平成八年分の原告の分離長期譲渡所得金額は、本件特例を適用し、別表の「確定申告」欄記載のとおり、六四六万〇四七〇円となる。

(五) しかるに、被告は、本件特例の適用を否認し、過大は分離長期譲渡所得金額を認定して、本件更正処分等をしたもので、右処分等は違法である。

3  よって、原告は、被告に対し、本件更正処分等の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2(一)は認めるが、(二)は否認し、(三)ないし(五)は争う。

三  被告の主張

1  原告の平成八年分の分離長期譲渡所得金額(総合課税に係る所得はない。)は、次の(一)収入金額から(二)取得費、(三)譲渡費用及び(四)特別控除額を控除して算出した金額三五四六万〇四七〇円である。

(一) 収入金額 四〇三〇万〇〇〇〇円

(二) 取得費 二〇一万五〇〇〇円

(三) 譲渡費用 一八二万四五三〇円

(四) 特別控除額 一〇〇万〇〇〇〇円

2  次のとおり、原告について、本件譲渡に係る本件特例の適用はない。

本件特例は、個人が自ら居住の用に供している家屋及びその敷地等を譲渡するような場合には、これに代わる居住用財産を取得するのが通常であるなど、一般の資産の譲渡に比して特殊な事情があり、担税力も高くない例が多いことを考慮して設けられたものである。したがって、右規定の適用要件として、当該個人が譲渡所得の帰属者の立場において、すなわち当該不動産の所有者として居住の用に供していたことが必要とされる。

そして、譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、原則として譲渡所得の基因となる資産の引渡があった日によることとされているが、納税者の選択によって、当該資産の譲渡に関する契約の効力発生の日によることも可能である(所得税基本通達三六―一二)。本件のように売買契約成立後に相続があった場合には、実質上、相続人である原告において右のいずれかを選択することになるが、原告は本件土地の譲渡所得について、資産の引渡があった日によることを選択したものであるから(譲渡所得は原告において発生する。)、本件特例が適用されるためには、原告自らが本件建物をその居住の用に供していなければならない。

しかるに、原告は、本件建物を居住の用に供したことはないのであるから、本件譲渡に関し、本件特例が適用されないことは明らかである。

3  また、乙に対する本件特例の適用も認められない。すなわち、右にいう「居住の用に供している」とは、その者が一時的な利用目的以外で生活の拠点としていることをいうところ、次のとおり、乙は、本件土地を譲渡するまで、本件建物を生活の拠点として利用しておらず、これを居住の用に供していなかったものである。

(一) 乙は、平成三年四月一日、原告の夫である丙の健康保険の被扶養者の資格を修得し、平成四年一一月二〇日から同月二五日までBにショートステイで入苑し、平成五年六月七日から平成六年六月六日まで再度同苑に入苑した。乙がショートステイでBに入苑する際、原告は、Bの職員に対し、乙が原告らと平成元年ころから同居している旨を述べている。なお、Bに入苑中、乙の心身の状態は、病弱で寝たきりに準ずる状態にある老人に該当するものであった。

(二) その後、乙は、平成六年六月六日から平成八年三月二四日に死亡退園するまで、特別養護老人ホームCに入園したが、右入園中の平成七年一〇月三一日から平成八年三月二四日までの間、乙が一時退園ないし外泊をした事実は認められない。

(三) ところで、本件建物の平成四年一二月分から平成五年八月分までの水道使用量は皆無であり、平成五年八月二六日には使用を終了している。また、平成四年六月分から平成五年八月分までの電気使用量も皆無であり、平成五年八月二六日以降は使用契約を廃止している。

(四) さらに、住民票の異動状況をみると、乙は、平成元年一一月一三日、本件土地所在地から原告宅へ、平成二年一月三〇日、原告宅から本件土地所在地へ、同年一二月三〇日、本件土地所在地から原告宅へ、平成七年六月五日、原告宅から本件土地所在地へそれぞれ転居を繰り返している。

これらの事情を総合考慮すれば、乙は、遅くともBへの当初の入苑時である平成四年一一月二〇日以降は介護が必要で、独居生活は困難であったと認められるのであり、客観的にみて、乙の生活の本拠が本件建物にあったということはできず、本件建物を乙の居住用財産と認めることはできないから、本件特例を適用することはできない。

4  原告は、平成八年分所得税の期限内申告書を提出し、その後に本件更正処分があったから、過少申告加算税の賦課決定を受けるべきところ(国税通則法六五条一項)、同条四項所定の正当な理由があるとも認められない。

5  したがって、本件更正処分等は適法である。

四  被告の主張に対する認否及び原告の反論

1  被告の主張1のうち、(一)ないし(四)は認めるが、分離長期譲渡所得金額は否認する。同2ないし4はいずれも争う。

2  相続による承継は、被相続人の財産法上の地位の包括承継である(民法八九六条)。そして、租税法も私法上の取引を課税対象とする以上、右規定を踏まえて解釈すべきところ、原告が相続したのは、本件土地ではなく譲渡所得であるから、原告は売主の地位とともに、当然に本件譲渡に関し本件特例の適用を受ける適格性を承継するというべきであり、本件特例の適用を否認することはできない。

3  乙は、本件譲渡時まで、病気入院中も本件建物を自宅として利用し、将来退院したときは再び本件建物で生活をするつもりでいたもので、このように当人が所有者として居住したことがあり、当人が病気入院の事情で居住しなくなった後も、将来退院して再びそこに居住することが客観的に予想されている場合には、「居住の用に供している」に当たるというべきである。

また、乙は、少なくとも本件譲渡の平成八年三月六日の属する年の三年前、すなわち平成五年一月一日より後まで、本件建物を生活の本拠としていたものであり、いずれにしても本件特例の適用を受ける資格がある。

理由

一  請求原因1及び2(一)並びに被告の主張1(一)ないし(四)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件特例の適用の可否について検討する。

1  本件特例の趣旨

措置法三五条一項は居住用財産の譲渡所得の特別控除を定めるが、これは、個人が居住用財産を譲渡する場合には、代替の居住用財産を取得する蓋然性が高いこと及び通常の居住用財産であれば特別控除額の範囲内で取得できるであろうとの配慮から、所得税の負担を軽減して居住用財産の取得を容易にするために設けられたものである。また、同法三一条の三第一項所定の居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例も、右と同じ趣旨に出たものと解され、重複適用の制限がないことから、右両規定を併せて適用することも可能である。

そして、措置法三五条一項及び三一条の三第二項は、いずれも、居住の用に供している家屋のみならず、居住の用に供している家屋でその個人の用に供されなくなったものとともにするその敷地の用に供されている土地についても、右特別控除の適用がある旨規定しているが、右のような趣旨からすると、本件のように、居住の用に供している家屋を取り壊し、その敷地の用に供している土地のみを譲渡した場合にも、一定の条件を満たすときは、家屋を敷地とともに譲渡した場合に準ずるものとして、同条項に該当すると解するのが相当である(租税特別措置法通達三一の三―五及び三五―二参照)。

2  本件特例の適用の有無

(一)(1)  本件特例の趣旨は、前記1でみたとおりであり、同特例が譲渡所得に関するものである以上、本件特例を適用するためには、個人が譲渡した土地建物等について、譲渡所得の帰属者の立場において、すなわちその所有者として居住の用に供していたことが必要である(なお、このことは相続により所有権を取得した場合であっても異なるところはないが、本件において、原告は、相続により本件土地の売主としての地位を承継したにすぎない。)。

これを本件についてみると、原告は、本件建物を自己の居住の用に供したことがないことが明らかであるから、本件特例を適用することはできないというべきである。

なお、被告が指摘するとおり、所得税基本通達三六―一二によると、譲渡所得の収入すべき時期について、納税者の選択により契約の効力発生の日とすることもできるとされているから、原告は、このいわゆる契約基準(契約ベース)により、本件譲渡に係る所得を被相続人乙の所得として申告(準確定申告)・納付するという選択も可能であったが、後記のとおり、乙については居住用財産の要件を満たさないから、いずれにしても本件特例を適用する余地はない。

(2)  これに対し、原告は、原告が乙の法的地位を相続により包括承継しているのであるから、両者を同一人格として一体とみることができるとして、本件のような場合にも本件特例を適用すべきである(言い換えれば、本件特例の適用を受けうる地位・資格を承継する。)と主張する。

しかしながら、本件特例について、被相続人が所有者として居住していた事実を相続人自身が所有者として居住したものと同視する旨の規定が置かれていない以上、仮に本件譲渡が乙の居住用財産を譲渡したものであるとの前提に立ったとしても、本件特例を適用する余地はないものといわざるを得ない。

なお、原告は、原告が乙から相続により取得したものは本件土地ではなく譲渡所得であるとも主張するが、独自の見解というほかなく、これをもって本件特例の適用を肯定する理由とはなり得ない。

(3)  そうすると、本件譲渡による譲渡所得については、本件特例を適用することはできないというべきである。

(二)  また、本件では、そもそも本件建物が乙の居住用財産に当たるかどうかについて争いがあるので、この点についても検討する。

(1) 前記1で述べた措置法三五条一項及び三一条の三の趣旨及びこれらの規定が連年の適用を制限していることを併せ考えれば、居住用財産とは、真に居住の意思をもって客観的にもある程度の期間継続して生活の本拠としていた財産をいい、これに当たるかどうかは、家屋への入居目的、居住態様等の諸事情を総合的に判断して決すべきである。そこで、これを本件についてみるに、争いのない事実に証拠(甲八ないし一二、乙三の1ないし四の2、五、六、八ないし一二、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(ア) 乙は、平成元年一一月中旬、病院に通院するため、本件土地建物の所在地から原告宅に転居した。その後、本件建物に戻って生活をすることもあったが、再び原告のもとで生活を送ることになり、平成三年四月一日には、原告の夫丙の健康保険の被扶養者資格を取得した。

(イ) そのころ、乙は、複数の病院に入退院を繰り返していたが、平成四年一一月二〇日から同月二五日まで老人保健施設Bにショートステイで入苑し、平成五年六月七日から平成六年六月六日まで再び同苑に入苑した。

なお、Bの入苑療養録の心身の状態欄には「判定<2> 歩行障害、シルバーカー移動、起き上がり起立障害、視野狭窄強度」、傷病名欄には「両白内障、骨粗鬆症、難聴、(中略)老人性痴呆」との各記載があり、右にいう「判定<2>」とは、病弱で寝たきりに準ずる状態にある老人に該当するとされている。また、右診療録の平成四年一一月二〇日の現病歴(入苑までの経過)欄には、「約三年前まで、本件建物で独居生活。食事ほか大がかりな家事は、原告が世話していた。しかし、徐々に夜間等独居生活には不安が生じ始め、原告夫婦との同居となる。」旨の記載がある。

(ウ) このころ、乙の電話使用契約は休止の状態にあった(平成四年四月三〇日以降)ほか、本件建物の電気及び水道使用量は皆無であり、平成五年八月二六日には、水道の使用も終了し、電気使用契約も廃止された。

(エ) 平成六年六月六日、乙は、Bを退苑し、特別養護老人ホームCに入園した。これに先立つ同月三日、Bの医師がCの担当職員宛てに通知書を作成したが、その主訴又は病名、既往症及び家族欄には、「老人性痴呆、両白内障(視野狭窄強度、正面で相手の顔の一部が見える程度)、左鎖骨遠位端骨折H5・6月、左上腕骨上端骨折H5・7月(後略)」、現症欄には、「視力障害と難聴があり、コミュニケーションは取りにくい。(中略)介助を要する。」との各記載がある。

(オ) Cに入園している間の平成七年六月五日、住民票上、乙の住所は、原告宅から本件建物へ移された。

(カ) 平成八年三月六日、乙と医療法人Aとの間で、本件土地につき売買契約が締結されたが(本件譲渡)、同月二四日、乙は死亡した。なお、Cの処遇記録上、平成七年一〇月三一日から死亡退園までの間、乙が一時退園ないし外泊したとの事実は認められない。

(2) 右認定事実によれば、原告主張の諸事情を最大限考慮しても、本件建物において生活の実態が伴っていたとは到底認められないもので(遅くとも、乙がBにショートステイで入苑した平成四年一一月二〇日以降)、乙が本件建物を、真に居住の意思をもって、ある程度の期間継続して生活の本拠としていたと認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠もない。

(三)  そうすると、いずれにしても、本件譲渡による譲渡所得については、本件特例を適用することはできない。

3  したがって、原告の長期譲渡所得金額は、被告が主張するとおり、収入金額四〇三〇万〇〇〇〇円から、取得費二〇一万五〇〇〇円、譲渡費用一八二万四五三〇円及び特別控除額一〇〇万〇〇〇〇円を控除して算出した金額である三五四六万〇四七〇円となる。そうすると、本件の更正処分は、長期譲渡所得金額を右と同額と認定したものであり、適法である。

4  また、本件の過少申告加算税の賦課決定処分は、右のとおり適法な更正処分を前提とするものであり、原告には、右更正処分を受けたことに関して、国税通則法六五条四項所定の「正当な理由」を認めることができないから、右賦課決定処分にも違法はない。

三  よって、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水口雅資 裁判官 北川和郎 裁判官 奥野寿則)

別表

原告の8年分の課税の経過及びその内容

<省略>

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